上皇陛下が皇太子だった頃、昭和天皇のご意向を受けて、
家庭教師を務めたアメリカの児童文学作家、
エリザベス・グレイ・ヴァイニング夫人。家庭教師時代の同夫人を巡って以下のような逸話がある。
「昭和23年夏、軽井沢の別荘で避暑生活を送っていた夫人は…
某日の早朝、朝刊に目を通していて、ある記事に釘づけとなり、
激しく動揺する。
(当時、極東国際軍事裁判〔いわゆる東京裁判〕で裁かれていた)
A級戦犯に対する量刑予想が紙面を埋めていたのだった。
夫人は、沼津御用邸付属邸に滞在している明仁親王(上皇陛下)が、
日ごろ新聞を読まれていることを思い出し、正しい指導が、
特に親からの教えが必要だと痛感する。…たまたまT女官が夫人の無聊(ぶりょう=退屈)を慰めようと訪ねてきた。
早速話をするとT女官は『お上(かみ)に申し上げましょう。
それもすぐがいいでしょう。
お待ちになってください』とトンボ返り。両陛下(昭和天皇・香淳皇后)に、ヴァイニング夫人が
心を痛めている模様を説明し、あわせて皇太子殿下に
事情説明してかまわないかという夫人の要請を伝えた。
英語が達者なT女官はそのころ両陛下と夫人を結ぶパイプ役だった。
むしろ願ってもないこと…と、陛下は夫人の奥深い洞察に謝意を表し、
皇太子に語りかけていいとおっしゃる。T女官は、今度は電話で軽井沢に連絡した。
万年筆を取り出した夫人は、
『負けた日本も国のために行ったことであり、戦争裁判が
一方的に勝者による敗者の裁きであるならば一般正義に反する。
そのような裁きの場であるにもかかわらず量刑を予測する
新聞は不謹慎と言わざるを得ず、それによって心を惑わせたり
影響されるべきではない』と書いた。
そして沼津に(滞在中の上皇陛下にお読み戴く為に)郵送した。夫人の立場はインドを代表するラダビノード・パール判事に
近接している。
つまり、国際法は交戦権を認め、いずれの国についても
自衛権の行使を否定しない。
(当時の国際法では)戦争に違法性はなく、
違法性なきところに犯罪はない。
したがって全員無罪という立場。
さらに夫人は、国際司法裁判所で敗戦国代表も加わる形での
裁判をすべきだと自説を打ち出したのである。かなめは、少年皇太子(上皇陛下)をしっかり支える気概にあった。
屈辱感を減じ、誇りを維持し、父(昭和天皇)を
理解する道を説いたと言えば、当たっているだろか。
…明仁親王は、やはりしっかりした英語で
『ハーグの国際司法裁判所で東京裁判を開くべきだという
お考えに関心を深めました』と印象を綴(つづ)り、
返書とされている」
(橋本明氏『昭和抱擁―天皇あっての平安〔やすらぎ〕』
平成10年、日本教育新聞社)上皇陛下がまだ学習院中等科の頃の出来事だった。
陛下は立派な見識を持った家庭教師に恵まれられた。【高森明勅公式サイト】
https://www.a-takamori.com/
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